- 2016.10.01
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峠のモミジ。
目指すは安芸の国、広島。
広島の名所・名物は諸々あれど、広島土産の定番は「もみじ饅頭」と言ってよいから、まぁモミジも名物の一つに数えて差し支えないだろう。三段峡に帝釈峡、安芸の宮島。紅葉の季節には多くの人出で賑わうし、宮島には約700本のモミジが圧巻の「紅葉(もみじ)谷公園」がある。…でも、ある一部の物好きは“広島のモミジ”と耳にして紅葉やお菓子は連想しない。今回の旅で、ぜひそれをこの眼で確かめたい。なにせ私もその物好きの内の一人なのだから。ところで…
各都道府県には、郷土を代表する県の花、県の木、県の鳥が定められているのは御存じのことと思う。「県花」は1953年、某N放送局が企画した「郷土の花」設定運動をきっかけとして、 翌年に政府もこの運動へ協力して選定された。現在ほとんどの都道府県で、このとき決められた郷土の花を「県花」とし、続いて1963年に「県鳥」、そして、1966年に「県木」が定められた際、広島県は県木をモミジとしている。では県花は…というと、実は正式に決められていないそうで、県木と同じく県民になじみが深いことからモミジを県花としているのだとか。何れにしても、さぞかし大昔から安芸の国の人々にとってなじみの深い木であったのは間違いなさそうだ。そういえば今年リーグ優勝したセ・リーグの某C球団も赤いな…と考えそうだが、これは、ちと事情が違う。ちなみに県鳥は「アビ」で、この鳥が県鳥になった経緯も興味深い。峠のモミジ
山陽本線の瀬野駅(広島市安芸区瀬野)と、八本松駅(東広島市八本松町)にまたがる区間に峠越えが存在する。通称「セノハチ」。瀬野~八本松間なので、略して「瀬野八(セノハチ)」。東海道本線の「箱根越え(※1)」と並び「東の箱根、西の瀬野八」と言われ、鉄道開設以前より難所とされてきた。旧山陽道にほぼ平行する形で線路が敷設されたため、結果、鉄道としては急勾配の坂とカーブが連続することとなった。実は、この区間にのみ存在するものが、今ひそかに注目を集め始めている。“一部の物好き”には…だけれど。セノハチは22‰(パーミル※2)の急勾配とカーブが10.6km連続する難所区間だ。現在、貨物列車に限り補機(※3)と呼ばれる機関車が列車後部へ連結される。一部の物好きは、これを登山支援を行うネパールの高地民族にあやかり、親しみを込めて“峠のシェルパ”の愛称で呼ぶ。国鉄時代初頭までは、ほぼ全ての列車へ連結されてきた。この補機の助けが無ければこの区間を登坂することができなかったわけだ(※4)。かつては列車走行中に補機を開放するという離れ業も行われていた。22‰は角度にすると僅か1.2度ほど。数字だけ見れば、乗務員が今この時も苦闘しているとは、俄かには信じ難い。しかし、その僅かな勾配も鉄道にとっては難所になってしまう。蒸気機関車時代は更に過酷だったに違いない。
現在、ここで運用されている補機は2形式。片やJR貨物が誇る最新型の現代っ子。そして、もう一方がこの旅のお目当て。国鉄時代の1982年(※5)、広島県花・県木の“モミジ”をイメージした赤色を纏って登場してきた。この形式はセノハチ専用機。ここでしか見ることが出来ない。誕生より、ここを終の棲家とすることを宿命づけられ、ただただ、ひたすら黙々と列車の後押しをしてきた。当時の国鉄の台所事情により、既存形式からの改造で生まれた形式ではあるけれど、その苦しい中でも“もみじ色”に仕立てたのは、国鉄から広島の人々へのささやかな贈り物だったのかもしれない。
その“もみじ色”の機関車も、目の前に引退の文字がちらついてきた。既にこの春のダイヤ改正で大幅に運用を減らした。同僚も減った。ぼちぼち、もう一方の新型機へ全てを受け渡しそうだ。生を享けた者、いつか必ず去ってゆく宿命であるけれど、また一つ国鉄が消えていくようで誠に残念でならない。
桜と同じく紅葉も散り際が美しい。その散り際をこの眼に焼き付けられたことは嬉しくもあり、どこか心寂しくもある初秋の旅であった。
※1 「東の箱根越え」については丹那トンネル(1934年開通)により解消されている。残された旧ルートが現在の御殿場線で、太平洋戦時中に複線は不要不急とされ、単線化された。しかし、当時の名残をいまだ留めており、かつての東海道本線であった頃を車窓から今も偲ぶことができる。
※2 千分率。文中の22‰(パーミル)とは、1,000m水平方向に進んだ先が22m上がる(または下がる)坂道の勾配のこと。道路については%(パーセント)で標示される。比して鉄道は勾配が緩いため、‰の標示を採る。
※3 補助機関車の略。セノハチは列車後部に連結されるため、後補機と呼ばれる。
※4 上り列車(岡山方面行き)のみ。下り列車(広島方面行き)については補機の連結はない。つまり、片勾配。補機仕業後は、西条駅で解放されて単機で峠を下ってくる。
※5 ただし、現在運用されている機体は、JR化後の1990年に改造されたもの。塗装についても更新工事の際に変更されて“もみじ色”一色ではなくなっている。
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