2010.03.01

「儚い春の花」

 3月に入り、草木の活動も活発になる季節となりました。春に花咲く植物も多々ありますが、今回は、早春の頃いち早く花を咲かせ初夏にはもう枯れてしまう「春の儚(はかな)いもの」たちのお話です。

 3月は旧暦2月、当時の呼び名は「如月(きさらぎ)」です。今でこそ、新暦2月をそのまま「如月」と呼んでいますが、元来「如月」と言えばちょうど今頃の時期を指していました。なぜ、<きさらぎ>と呼ばれるのでしょうか?
 よく言われる、「暖かくはなったが、時折感じる肌寒さに更に着物を重ねる」という意味の「衣更着」とともに、有力視されているのが次の2つです。
 「草木の芽が張り出す時期」という意味の「草木張り月」から。
 「草木が生え始める時期」という意味の「生更木」
 これらの説を象徴するように、花を咲かせる植物が数多い春。その中でも春のわずか2か月ほどしか姿を見せないその生態が、儚くも可憐な印象を残す植物たちがいるのをご存知でしょうか?

スプリング・エフェメラル Spring Ephemeral 
 「春の儚いもの」の名の通り春の2~3か月しか地上に姿を現さない植物で、樹木が芽吹く前にいち早く花を咲かせた後初夏頃には地上部を枯らし、次の春まで地下で過ごす草花の総称です。温帯の落葉広葉樹林での繁殖に適応した植物で、落葉した林の葉がまだ広がらず林床内に十分な光がさすうちに雪の中から芽を出し、花を咲かせ、木々が葉を広げる5月下旬頃には地上部は枯れ、残された地下部で翌年の春まで休眠します。わずか2~3か月の間に生長・開花・結実する高効率な生産を行い、その短い間に作り出した栄養を地下部に蓄え翌春再び花を咲かせるエネルギーとするのです。
 また、「色彩華やかで大きな花」をつける「小柄な草本」という特徴もあります。「色彩華やかで大きな花」は、虫媒花(虫によって花粉の媒介を行う花)であるスプリング・エフェメラルが、まだ活動を始める昆虫が少ない早春の時期に花をつけても昆虫の目を引きやすくするためで、「小柄」なのは、より多くの栄養を花へ分配でき寒気にも耐えやすいためとされています。
 代表的なものとして、次の草花が知られています。

カタクリ
カタクリ

カタクリ
 今ではジャガイモデンプンに取って代わられてしまいましたが、その名の通り、根の先の鱗茎(りんけい)と呼ばれる部分から取れるデンプンが片栗粉の原料になっていた花です。
紫の花びらが大きく反り返る姿が優雅です。

フクジュソウ
フクジュソウ

フクジュソウ
 「元日草」や「報春草」という別名を持つなど、春一番に咲く花として知られており、黄金色に輝く花が特徴的です。

セツブンソウ
セツブンソウ

セツブンソウ
 節分の頃咲き始めることからその名が付き、花びらに見える白いがく片と紫の雄しべとのコントラストが美しい花です。

 しかし、上記3種も自治体によっては絶滅危惧種に指定されるなど、スプリング・エフェメラルの減少が近年問題となっています。フクジュソウをはじめとして山野草として人気が高い植物が多いため、過度の採取が原因の一つとする見方もあるようですが、スプリング・エフェメラルに適した環境である落葉広葉樹林が、利用価値の低下により伐採されたり針葉樹林へ転換されるなどして、林内の光環境が著しく変化した影響が大きいようです。

 「儚さ」ゆえに一層その美しさを増すスプリング・エフェメラル。春の短いひとときのために一年のほとんどを地中で過ごし準備してきた彼らが、華やかに咲き誇り春の訪れを私たちに教えてくれるとき、力強い生命力に感嘆すると同時に、この素晴らしい植物をいつまでも守っていかねばという思いを抱かずにはいられません。